平成26年の活動報告
30周年記念祝賀会(乾杯風景)
去年の県人会活動も、1月の女子駅伝大会から始まりました。京都合同青果にある青森りんごの会の皆さんの支援を受けながら西京極総合運動公園の屋台村でおでんを販売したあとは、ハートンホテルで定時総会と、駅伝選手団の慰労会を兼ねての懇親会でした。今回も出席して下さった青森陸上競技協会の吉原会長に乾杯をお願いしたら、アンカーを務めてゴボウ抜きをしてくれた福士加代子選手にバトンタッチして、元気のいい乾杯になりました。福士選手も、たしか平成13年に最初に青森チームの1区を走って、1位で2区の選手にタスキを渡したのが駅伝デビューだったのではないかと思います。その頃はチョンマゲというあだ名で呼ばれていたことを思い出します。
春のお花見は、去年も雨にたたられて、野林組の会議室を拝借しての開催でした。これで雨の屋内開催は2年連続となります。お天気だけはどうもならないのですが、その場合にも場所を提供していただける場所があることに感謝しています。2次会にも、場所を移動して多くの人が参加してくれました。天候のせいで桜の下ではなかったものの、花より団子を満喫した一日になったと思います。
京都ふるさと連の行事の一つとしてボウリング大会があります。去年は7月6日にいつものしょうざんボウルで開催されました。飛び賞やBB賞など、青森県人会の人が賞をって羨ましがられることがよくあるのですが、今回は大人しかったです。8月に入ると、鴨川納涼です。2日、3日の土日2日間、昨年も産地直送のホタテ焼きと、冷やし胡瓜の津軽味噌付けを売りました。いつもながら、暑い中でホタテを焼く方々には頭が下がります。
秋の恒例行事は松尾橋下でのバーベキューです。毎年日程を9月の最終日曜日と決めているので、去年は9月28日に開催しました。河原に降りるのに階段がなくて苦労する人が多いのですが、今回は木の簡単な階段のようなものが置かれていて、比較的楽でした。その2週間あと、昨年度最大の行事と言ってもいい、30周年記念祝賀会を開催しました。
京都青森県人会が30周年を迎えることができたのも、沢山の方々のお世話になってのことです。そのことに感謝しつつ、10月12日に、京都駅近くのハトヤ瑞鳳閣で祝賀会を開催し、80名超の出席者でにぎわいました。来賓として、青森からは三村県知事が来られ、京都府の山田知事と(5年前もそうでしたが)揃い踏みとなりました。京都市からは藤田副市長が出席され、青森に対する親近感のこもった祝辞をいただきました。京都の人から青森に対する思いが聞けることは、京都と故郷をつなぐ役割もになっている県人会としては冥利に尽きるという思いがします。
25周年のときは、宮川町の舞妓さんの舞が彩りを添えてくれたのですが、今回はその代わりに、近畿青森県人会の会歌を作られた黒滝さんのピアノに式典の彩りをお願いしました。時宜を得たアナ雪の曲もあって、出席者を楽しめたと思います。
知事や副市長の祝辞は、式典の儀式の一部という位置づけですが、祝賀会のほうは、県人会の付き合いを重視すべきだと思います。ただ、三村知事は周知のように硬軟両様のお話しができる方なので、祝賀会のほうでもスピーチをお願いしました。司会の天摩さんが「手短にお願いします」と釘をさされたことが印象的でした。知事の話は、当日の手みやげの中からリンゴと黒にんにくとリンゴを取り出して、トップセールスを繰り広げるものでした。
県人会のうち、東京青森県人会も中部青森県人会もご出席でしたが、東京の清藤会長に祝辞をいただきました。京都ふるさとの集い連合会の白井会長(滋賀県人会長)には、祝辞と乾杯を兼ねるようお願いしました。その連合会に属する会のうち十八の会から、二十二人の方の出席をいただいています。
祝賀会も和やかな雰囲気で終始し、用意した青森のお酒も早い段階でなくなったようです。三上会員の津軽三味線や、三味線を伴奏にした民謡、それから黒滝さんのピアノ伴奏による歌も会を盛り上げてくれました。最後に出席者全員で、サトウハチロー作詞のリンゴの唄を歌ったのも、青森県人会らしい企画だったと自画自賛しています。会のこれまでの歩みと同様、多くの方々の支えの上で祝賀会を催すことができたことに感謝です。(山口記)